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介護ノウハウ

徘徊時の心情について

  • ゆうチャンさん
  • 閲覧数:991
  • コメント:7

グループホームに三年勤務しております。
皆様の経験を頼りに相談いたします。

入所1年の利用者さんの「帰宅願望」を伴う徘徊に苦慮しています。
徘徊は入所直後から有り、利用者様に安心して頂けるよう「お声かけ」「私物の配置」「レクリエーションへの参加」「雑談」を通して外出後の帰所時に「家が一番」と言ってくださるようになりました。
排泄に関しては、排泄コントロールでkot1で解消できるようになりました。
睡眠の質の改善として、朝の屋上での日光浴も実施しておりますが、通常睡眠は連続4~5時間です。
排泄の為の覚醒時は自力離床できずベッドからの立ち上がりもできないのですが、再入床後5分程で離床し手すりにつかまり自力歩行での徘徊が始まります。てベッドから立ち上がれないときは、ベッド手すりにつかまりながら足と腰を滑らせて長坐位のまま床をお尻歩きのようにして徘徊します。
週に二回程疲労の為かパット内失禁して10時間連続睡眠になります。
疲労で起きられないという感じがします。
認知症という病気のため、「母や、祖母の居る家」に帰ると歩きます。

徘徊を止めてはいけない(無理に止めても逆効果)。とも考えますが、徘徊時の利用者様は「歩きたい」訳ではないとも考えます。

徘徊は苦痛ではないのか?
徘徊を止めないということは、自身では止められない病気による不安や焦燥の時間を長引かせて居るのでは?

皆様の経験測、意見、解決策などご意見をお伺いしたく投稿しました。よろしくお願いいたします。かば

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私見ですが

ありがとう

お疲れ様です。

なんだかステキな介護職さんだなぁと心温まる想いです。(この業界に心折れそうなタイミングだったので有難いという感じです(^^ゞ)

「認知症だから(もっと言うなら「認知」だからなんて無神経な呼び名が乱交している現場ですね)」ですべてが終わるような現場が多い中で 当事者のために頑張っていらっしゃる現場なのだと感じました。

さて本題(^^ゞ

認知症症状のある方にとっての徘徊と呼ばれてしまう行動には理由があることはすでにご存知の事と思います。

行きたい場所・やりやいことがあるからそこを目指すのですよね。
ただ その時間やタイミングや望みが健常者にとっては理解し難いので「異常行動」と捉えられてしまう。(この症状の哀しさのひとつだと思います)

私たちはその方たちのどこをどう支援するのが適切なのか。
これはその立場を経験した事のない私たちには(当事者の方には申し訳ないけれど)あくまで想像でしか支援のしようがない難しい問題ですね。

徘徊と呼ばれる行為を行っている当事者の心情をそのまま叶えてあげられるならそれが一番ですが その望み自体がすでに叶えられないものであることも多々。何かをすればその反動が身体症状としてすぐに現れるのも現実。

何を優先順位にすればよいのか悶々としてしまいますよね。
そんな私には何もできないので せめてできることしか出来ずにいます。

私の経験した中でのことになってしまい恐縮ですが ただひたすらにその瞬間のその方の想いに 私も想いを(想像でしかないけれど)重ねてみようと試みます。(そんなことしか出来ない)自分なりにその方の想いを代弁して言葉にしてみます。

時や場所やタイミングが常識はずれであっても行きたい場所・会いたい人がある・その想いだけは尊重する。ただそれだけの想いでいいことです。

すぐには上手くキャッチ出来ずとも 更にその方の想いをほんの少しでも汲み取れないかを繰り返しているうちに ほんの少しでもそこに触れる事ができた・(その方の想いがその場所に辿り付けなくても)「その想いは理解したよ」のサインが送れたと感じたタイミングがきますので そのタイミングで場面の切り替えを行います。

その方の 不安にまみれたその場所から(ご自身の納得を得た上で)引き上げる。そんな感覚であり 私たちにはそれくらいしかできないのではないかと感じています。



…久しぶりに思いが先に立ちハチャメチャな文章でゴメンなさい…。

何かひとつでもご参考にしていただけたなら…幸いです。

これからもステキな介護職でいてくださいね。




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想いは無くならない

  • totoさん

ありがとう

 ゆうチャンさん、はじめまして。

 その方の生活歴やこれまでの発言・表情なども分からないので、あくまで一般論になってしまいますが・・・。

>利用者様に安心して頂けるよう「お声かけ」「私物の配置」「レクリエーションへの参加」「雑談」を通して外出後の帰所時に「家が一番」と言ってくださるようになりました。

 私の考えとして、『お声かけ、私物の配置、レクリエーションへの参加、雑談』等も重要ではあるけれど、それによってどんなに居心地が良くなったとしても、グループホームは『仮の住まい』にしか成り得ないと思っています。

 もっと言うなら、本人にとって一番帰りたいはずの家を忘れて欲しくはありません。   だけど現実には帰る事が出来ない家なので、ホームの環境を整える事で「出来ることなら帰りたいけど、まあもう少し位、ここに居ても良いかな」と折り合いを付けて貰えれば良いと思っています。  
 そんな自分があなたの書き込みを読んでいると、
「なんでこんなに頑張っているのに、家に帰りたいと言うんだろう」
      イコール
「ここを自分の家だと納得して落ち着いて欲しい」と言った印象を感じてしまいます・・・。  

 お気持ちは痛いほどに理解出来るのですが、その方の「ここではない家に帰りたい」けれど、それが適えられない『悲しさ、辛さ、寂しさ』を皆が親身になって理解し、共感する(一緒に悲しんだり)事を何度も何度も繰り返すことで、その様な言動も収まって来るんじゃないでしょうか?

※帰りたいと言う想いが無くなった訳じゃなく、折り合いを付けてくれたんだ、という意識ですね。

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なんか

  • totoさん

 言葉の表現は違うけれど、arc-en-cielさんが書かれている事とほぼ同じ事を書いてる様な気がします・・・。

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徘徊は制止しない

  • 坂田さん

ありがとう

私の場合、明らかに様子が違うときには対応しますが、基本他の仕事しながら「いい天気ね」と声をかけて見守ります。概ね他の職員もそんなかんじです。清掃の方は「こっちいらっしゃい」と手招きして作業しながら話し相手に。廊下を歩く他利用者は、会えばそこで話しかけてくださいます。
いずれも徘徊中に話しかけられると嬉しそうです。ちょっと外に出るとおばさんたちが話しかけてくるの~、近所付き合いは大切にしなきゃねえ~…てな雰囲気(笑)

私という存在は生活の一部だと思っていますので…気持ちは受け止めても、心情を推し量ることはしません。場当たり的な対応をするという意味ではなく…感情移入すると客観的に見れなくなるというか…もにょもにょ。うまいこと言えなくて申し訳ない。
スレ主さんの考え方そのものは好きです(^-^)v

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主 コメント、ご意見ありがとうございます。

>不安にまみれたその場所から(ご自身の納得を得た上で)引き上げる。
目指していきます。
 実は、好意的なコメント読んでからニヤニヤがとまりせん。
ありがたいです。

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主 toto様コメントご意見ありがとうございます。

>折り合いをつける。
多角的なアプローチの仕方を考えてみます。
ありがとうございます。

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主 坂田様コメントご意見ありがとうございます。

家のスタッフからも 「声掛け誘導でソファーに座っていただき、その横で書類書きしてるとソファーに臥床しようと動きが出る」と報告あります。
「人が居る安全で静かな場所」の提供でしょうか。
やってみます。

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