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とり戻せないもの

  今、悔やんでも悔やみきれない、どうしようもない思いがあります。
まあ、後悔や反省は山ほどしてきた人生ですが((笑)。
つい最近から、なんです。思い始めたのは。
それは、親の人生をちゃんと聞いておけばよかったということ。歴史と言っても良いでしょう。
以前(今もやってるのかな?)某国営放送で、家族の歴史、どうかしたらご先祖様にまでさかのぼって両親、祖父母、曾祖父母、曾曾…の歴史や事跡を紹介し、その方の今につなげる番組がありました。

元気だったころは、まったくそんな気にならず、病気になってからはそれどころではなく…。
亡くなって、通夜の晩、親の兄弟や親戚たちの昔話に、親の若いころの話を聞かされて「へぇ~~…」というしかない自分。それはそれで貴重な話なのですが、最近、「どうして、本人から、直接ゆっくり話を聞かなかったのだろう?」と後悔しております。
やんちゃでも、武勇伝でも、自慢話でも。生まれてから今に至る人生を、たとえ嘘や誤認、ごまかし美化があったしても、楽しんだり喜んだり、泣いたり怒ったりした人生をどうして聴かなかったのだろうと。些細な思い、本や音楽の感想、青春時代楽しんだスポーツ。どんなことでも良い、その人の人生を、なぜ、聞かせてもらえなかったのか。

介護の言葉で「生活史」というやつですね。
やっぱり、お互い照れがあったり、つまらないと感じていたり、当たり前すぎてとか…。親は最初から親としてそこにいますし、子もまたしかり。
でも、親にも「人生の歴史」があり、成長の時々があったはずなのです。
親を「親」としてしか思い出せないのは少しさびしい。親戚から聞いた2.3のエピソードが宝石のように愛おしくさえあります。

面と向かっては照れ臭いし、人生は忙しい。
でも、秋の夜長、スマホから目を離して、親御さんにいろいろ訊いてみるのも良いのかもしれません。気まずい人も、できるだけ勇気を出して。
素敵な宝石箱が開くかも、知れません。

コメント

こんばんは~~~!
 ぼくの両親は、もう亡くなったけど、両親とも大正生ま れでした。 ぼくが子供の頃、普段は寡黙な父親が、晩酌すると饒舌 になるのを覚えております。
 戦争の事は、めったに言わない父親でしたが、その原因 が兵隊検査で「丙種合格」であったと大人になってから 知りました。(結核だったようです)
 戦争中は、「丙種」とは、非国民扱いだったようです。 兵隊に行けない人は、国民でないと・・・
怖い時代ですね。 でも、大正生まれの人は生きている戦前史みたいな感じ ですよね。 

zoo

「親孝行、したいときには親は無し」ですね。

昨年の事ですが...(少し自慢話になっちゃうけれど)
父親が亡くなって二十数年経ちますが。
母親は、存命中。
国民一人一人に割り振られたマイナンバー。
母のマイナンバーをパソコンで調べていると宙ぶらりん の遺族年金が有った。
父の事を聞いても、母は「結婚する前のことなんか知ら ない!」「70年も前のことなんか忘れた!」と言う。
年金事務所に僕が赴くと「お父さんのことについて、確 かな記憶が無いとダメです」と、言われた。
僕は、両親といつも話しをしていたし、「確かな記憶力 」が有るので、父の仕事の履歴を年金事務所で追った。
分厚い書類を揃えるのに時間が掛かったが。
全てが明らかになった。
母の「記憶」も、呼び覚まさせたし。
貰い損ねていた父の遺族年金も、母が貰えることになっ たし。

「親」とたくさん話をして、歴を知り、覚えておいて損 は無いと思えた瞬間でした。

山部呼六

僕は、
「反省」どころか「猛省」したことも、有ります。
しかし、
「後悔」は、しない。
と、決めております。

山部呼六

zooさま、コメントありがとうございます。

 長い年月を生きてこられた方、親御さんではなくてもそ の話は貴重で、素敵で、なんか物悲しくて、ほろ苦くて 。
 そういえば、父のお母さんという人が結核で、父は生ま れてすぐに引き離され、父の出産後すぐに亡くなったと 、父のお姉さんから、通夜の晩に聞きました。
 戦前と戦後しばらくは結核は国民病と言われたぐらい猛 威を振ったんですね。

 思い出を聴くというのは、「思い」を聴くことですから 、生活史の調査をするときはもちろん、親御さんに聴く ときも、思いやりを持って聴きたいものです。

 戦前史というと、以前、知り合った利用者様に、満州映 画協会で使い走りをしていて、甘粕正彦や李香蘭と直接 話をした、とぽろっと言ってた方がいました。

 う~~ん、すごい!

おいさんーy

 山部呼六 さま、コメントありがとうございます。
 
 歴史の資料の追跡調査のようですね。歴史の学問では、 仮説や推論は一切NGです。「一次資料」に明確な証拠が ないとだめで、論文も書けないそうです。二次、三次資 料の扱いも低くて。まるで、お役所仕事です。

 伝説を「歴史」に変えたのも、親御さんとの良いコミュ ニケーションがあったからですね。素敵です。

 要は家族とのつながり、会話の有無ですね。私にはそれ が足りませんでした。かなり、うらやましいです。お母 様もご心配されたでしょうが、思い出を振り返ることが できて本当に良かった。

 反省は前に進む一歩ですね。後悔はその場に立ちすくん でしまうこと。なんの益もありません。見習いたく思い ます。

おいさんーy

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プロフィール

忙しさはそんなに変わらないの に、なぜか、けあともブログか ら遠ざかっておりまして・・・ 。ネタはそこそこ在るんすけど ・・・・。
 介護の仕事について、自分なり にこだわっていて、それでも親 の介護や、現実に、こだわりや 信念(のようなもの)が、突き 崩されていって・・・。
 「もういいや」って、思ったと き、けあともの皆さんに恥ずか しくなってしまいました。
 
 介護は介護、現実は現実、自分 は自分。

 だから、言いたいこともあるし 、聞いてもらいたいことも、こ このブログに正直に、UPしてた のに、やっぱりカッコつけてた んですね。

 もっと、力を抜いて、素直に。

 介護のこと以外も、ぶつぶつ言 って行こうと思ってます。

 だから・・・・
 興味のない人は、スルーしてね ♡。