財務省の高齢社会に対する取り組み

これらぼ

財務省は、国の財布を預かっているところ。「何をどれだけ買うか」「何を切り詰めるか」、家計と同じように財布の中身を見ながらいつもやり繰りをしているわけです。

もはや国のお財布では賄えない社会保障費

アタマが痛いのは国が負った大きな借金。本当は、普通の家計と同じように、お財布の中から幾らかでも返済していければいいのですが、毎年膨らんでいく支出があってどうしても返済に充てられません。そう、それが年金や医療、介護、福祉などの社会保障給付費です。

この国ではお金持ちだろうと弱者だろうと最低限の生きる幸せはもちろん等しく保障されています。しかし、主要先進国でも圧倒的に債務が多いイタリアをも遥かに凌ぐ今の日本の債務状況では。今後さらに高齢者が増大することを想定するととても賄っていけません。

高齢者のニーズを最優先に

そこで、国民の一人ひとりがやり繰りの意識を持とうということに結び付くのです。国民にとって「これは必要だ」と思うものにお金をかけ、「我慢しようと思えばできる」ものを切り詰めるのです。普通の家計を思えば、これ、ごく当たり前の発想ですよね。

高齢化社会ですので、高齢者の真のニーズにフォーカスすることが大切です。すると、「住み慣れた我が家・我が町で、健康に不安を抱くことなくずっと暮らしていけること」というような基本的なニーズがあぶり出されてきました。まずは、それをしっかり担保することなんですね。

しかも、公共で担うのではなく、顧客視点で柔軟に発想、対応できる民間が中心的に運営し、大きな部分を公共がカバーするという役割分担がよい効果をもたらします。国のお財布にも負担がかからず、高齢者は“かゆいところに手が届く”サポートを受けられるのですから。

「選択と集中」は、節約の上での鉄則

こうした、「選択と集中」という考え方などが、将来の社会保障関連をめぐる財政の代表的なスキームになってくるでしょう。また、医療費においては、今後“自己責任”という考え方も加わっていくかもしれません。

たとえば、不摂生のツケのような面がある生活習慣病は、治療費ではなく、予防に多くの予算を回すとか、そういう発想です。「ちゃんと丁寧に使っていれば、壊れて新しいものを買わずに済むのにモッタイナイ」。小さい頃に叱られていたことを思い出しますね。

でも、今求められているのは、子どもにも出来たその考え方なのです。それが今後も社会保障を持続可能的に行えるもっとも適切な手段だと思われます。結局は将来の自分に跳ね返ってくること。私たち一人ひとりが、しっかり考えて行動を示さなくてはならないのです。