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認知症の現実に苦しむ家族の思い

認知症の人と家族の会の会員を対象とした、「認知症の診断と治療に関するアンケート」の結果が公表されました。認知症の早期診断を求める声が強い一方で、早期診断が可能になってもさまざまな課題が残ることが指摘されています。認知症の人とその家族のつらさを解消していくうえで、根本的に求められることは何か。改めて考えてみたいと思います。

関連サイト:認知症の診断と治療に関するアンケート

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「知ってしまった」ことへの受容は過酷

 アンケート結果では、「早期診断が可能になった場合の課題」が具体的に上がっています。回答のトップは、「長い間、精神的な負担を抱えなければならない」というものです。

 本来、早期診断は的確な認知症サポートを受けるうえで、入口となるはずです。それが、家族にとって精神的負担になるのは、診断が「家族や本人の安心を創ること」につながっていないことを示します。早期診断を初期の集中支援に結びつけるという国のビジョンを、根本からくつがえすことになりかねません。

 家族は、「本人が認知症」という事実を受け入れるのに大きな苦痛や絶望を抱えがちです。こうした家族心理は、認知症に限らず、たとえばガンの告知などでも起こりうることです。「知ってしまったこと」への受容はそれだけ過酷なものなのだということを、医療関係者などがどこまで心得ているのかが問われます。

支援者が専門職としての理屈に縛られるとき

 介護職にしても、「早期の的確な診断」は、本人にどう接していけばいいかという指針を築くうえで「欠かせない」と考える人は多いでしょう。しかし、そこで考えるべきは、「専門職としてうまく対応する」という支援者側の理屈に縛られていないかということです。

 「結果的に、本人の安心と平穏さを取り戻すケアにつながればいいのではないか」と思われるかもしれません。早期の支援が入れば、家族のレスパイトを目的としたサポート体制も築きやすくなるという考え方もあります。

 でも、それらを機能させるには、本人と家族が積み上げてきた関係に心を配らなければなりません。本人の病状を「受け入れる」ことは、長い間に積み上げてきた関係にくさびを打ち込むことになる──それが家族の中にまとわり続ける思いであり、そのデリケートな心理をしっかり理解しないと、「本人と家族」が不在のケアにおちいることになります。

 そもそもサポートに入る介護・医療などの支援者というのは、時間的・空間的にずっと寄り添っていくことは物理的に不可能です。本人と家族の生活は「線」や「面」で構成されているのに対し、個々の専門職がかかわるのは「点」となってしまうのが現実です。

 その支援をできるだけ「線」や「面」で構成するために、多職種連携のあり方が問われてきます。では、そのつないだ支援が、本当に「本人と家族」の心情や生活の流れに沿ったものになっているのでしょうか。そこに何らかのギャップを感じる家族が多いゆえに、冒頭の課題がどうしてもトップに立ってしまうのではないでしょうか。

次のページは・・ 診断が、家族に新たな重しを押し付ける!?

キーワード: 介護家族 , 認知症

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