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25年の遠距離介護を終えて見えたもの―家族介護の役割と限界

東京と長野の遠距離介護を経たのち、筆者の義父は穏やかな最期を迎えた。その体験を通じて知った義父と地域との絆、ヘルパーやケアマネとのかかわりの中での問題点、かかりつけ医の資質の問題等、家族介護の実態と課題について述べる。

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東京と長野間の遠距離介護で看取った義父。地域の絆と介護専門職の力により自分らしさを最後まで発揮

 102歳を目前にして義父はこの6月、眠るように逝った。最後まで認知症らしい症状も現れず、穏やかな終末を迎えることができたのが救いだった。認知症となった義母の介護から通算すると20年余の長い介護が終わった日でもあった。

 東京と長野との往復を繰り返した遠距離介護を体験して、見えてきたものもいくつかある。それを記しておきたい。

 義父の場合、恵まれていたのが、地域、親類縁者、教員時代の教え子らの支えを得られたことであった。最後の7年間は施設(高専賃住宅から最後はサービス付き高齢者住宅)にお世話になったが、それまでは90歳を超えてもなお、自宅で一人暮らしを続けてこられたのは、こういった地域の絆のおかげだった。

 毎日のように教え子の一人が顔を出し、時には近くの温泉や、春には花見に連れていってくれたりした。隣家の方は、新聞や牛乳瓶を毎日見て、安否を確認してくれた。

 ヘルパーさんやケアマネの方々にはずいぶん助けられた。

 18年前亡くなった義母のときは介護保険がない時代で、認知症になってからは、夫である義父が日常の介護にあたり、さらに長女である妻が東京から度々帰省し、介護にあたった。時には1ヵ月から2ヵ月長期の介護にあたらざるを得ないときもあった。

 介護保険がはじまってからは義父の場合はそれがぐっと楽になった。何か異変があるとケアマネからすぐに連絡があった。なかなか様子がつかみにくい遠距離介護の場合、電話だけでは限界がある。介護に関わる専門職の方々から聞くことで客観的な状況が把握できる。その点でケアマネの方々には感謝しているが、次のような点で問題もあった。

次のページは・・ 過剰な本人の医療依存に手こずった家族、そしてかかりつけ医や調整役のケアマネとの関係に課題が……

キーワード: 介護家族 , 医療と介護の連携 , 看取り

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