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訪問介護の仕事をしていると、何らかの理由で入院になってしまう利用者さんが結構いらっしゃいます。転んで骨折をしてしまったり、風邪から肺炎を発症してしまったり。あるいは、持病の悪化により入院加療が必要になる人など、その原因はさまざま。そしてこうした方々は高齢のため、退院時には入院前の状態に戻れていることがほとんどありません。

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入院を機に状態が悪化していく

 入院を経ていざ退院となった際に、以前と比べて状態が悪くなっているケース。ここで、いくつか例を挙げておきましょう。

 <骨折>

 骨折箇所が良くなったとしても、療養生活の間に体全体の筋力が低下して自力歩行ができなくなっている。

 <肺炎>

 肺炎は完治しているものの、点滴での治療が長かったために胃腸の働きが衰えてしまい、極端に食事量が減ってしまう。

 <パーキンソン病>

 パーキンソン病の持病があって発作が酷く入院加療を行い、ほぼ改善されて退院の目処はついたものの、「果たして一般家庭で生活できるのか不安」という状態になる。

 こうした方々は退院するにあたり、今後どこでどのように生活すれば良いのかが問題になります。入院中に診ていてくださった医師や看護師は、その多くが施設入所を勧めてくるでしょう。しかし本人は当然のことながら、「退院しても良いのなら家に帰りたい」とおっしゃるもの。そこで、在宅で関わっていたケアマネジャーを中心にスタッフ会議やカンファレンスが招集されます。

次のページは・・ 入院後、自宅での生活へと戻った事例

入院後、自宅での生活へと戻った事例

 ここで、2つ事例をご紹介しましょう。

 1)Aさん(女性・80才)の場合

 50代後半頃にパーキンソン病を発症し、たくさんの服薬量があります。パーキンソン病特有の「振戦(体の振るえ)」や「勇み歩行(つっかかるように歩く)」といった傾向が顕著。体全体の筋力が低下して最近は口や顎の動きも悪く、発語が言葉になりません。また、嚥下反射の衰えから、食事形態に工夫が必要になっていました。振戦は振るえるというより、まるで痙攣発作のようになることが目立つ状態。

 その日は壁に頭を打ちつけるなどあまりにも酷いため、かかりつけの病院に救急搬送されました。

 入院後しばらくは、発作を落ちつかせるために薬を用いて眠らせる処置をしていたそうです。何日か眠り続け、目が覚めても不随意運動(無意識に体が動く)はおさまらず、点滴の針が外れてしまうのでベッドに拘束される生活でした。約1ヵ月の入院治療で痙攣発作のような症状は改善。医療的処置は必要なくなったということで、退院の話がありました。

 入院中に担当していた医師は施設入所が当然という思いがあり、Aさんにもそのようにソーシャルワーカーへ相談すると良いとおっしゃいます。しかし、本人はどうしても家に帰りたいと言うのです。Aさんの同居家族は軽い知的障がいのある息子一人。しかし「誰もいないよりは随分良いだろう」「近隣に住む実妹が全面的に協力してくれる」「隣市に嫁いだ娘が力を貸してくれる」ということを踏まえ、

 「どれくらい自宅で過ごせるか分からないけれど、病院からまっすぐ施設に行くのでは可哀想。皆でやってみて、やっぱり無理だったねというところまで頑張ってみましょう」

 と、自宅へ帰ってきました。

 退院の日を思うたびに思い出すのは、娘さんが買ってきてくれていたいなり寿司を見るなり、「食べていいかい?」と言って2個ペロリと食べてしまったこと。歯が1本もなく義歯も使用していないため、入院中はミキサー食で、出された3分の1程度しか食べられていなかったのです。

 病院側では「食が細く体力が落ちてしまった」「家で誰かミキサー食を用意できるのだろうか」と心配していましたが、入院前も軟らかいものながらほぼ常食に近い食事を実施。本人の本能が、帰宅してすぐに「食べたい!」という思いになったのでしょう。

 この時すぐには分からなかったのですが、入院中に食が細っていたのは「食べたいもの」ではなかったことに加え、「食べたい場所」でもなかったことが理由だったようです。

 Aさんは退院後、4ヵ月が経過しています。自宅で気儘に寝たいとき横になり、お腹が空けばヘルパーの用意した好みの食事を取る。そして、週に1回デイサービスを利用し入浴もできています。体重は入院前の状態に戻りました。

 パーキンソン病の状態がかなり進行しているため、恐らくこの先長くは生命の維持が難しいだろうと思われています。しかしこのまま、ギリギリまで自宅でのんびり暮らしていけるのではないでしょうか。

次のページは・・ 2)Bさん(男性・83才)の場合

 2)Bさん(男性・83才)の場合

 約2年前。内臓や動脈瘤などたくさんの病気を抱えて、Bさんは自宅に帰ってきました。水分と塩分が制限され、動脈瘤のために力む動作もいけないという日常生活。それでも、同居する寝たきりの奥さんの面倒をみていました。

 奥さんのおむつ交換や食事介助等はヘルパーが行い、細かなことは市内在住の娘さんが世話をしてくれます。Bさんの役割は寝たきりの奥さんのそばにいることです。何もしない、何もできないわけではありません。水分補給や奥さんの状態観察、様子がおかしければ電話で連絡してくれます。2年前の退院時、医師からは「明日にでも、またすぐに救急搬送になるかもしれない状態です」と言われたとのこと。しかしそうなることはなく、月日が流れていました。自宅で暮らせる、奥さんと一緒にいられるというのが、ご本人にとって“薬”なのかなと思ったものです。

 このBさんは、残念ながら先日他界してしまいました。お腹が痛いと言い、娘さんが受診に付き添ってその日に入院。その後、1週間経たずにお亡くなりになっています。爆弾を抱えたような体でしたが、医師には「もうもたない」と言われた状態で2年間妻の面倒をみて、本当に死の直前まで自宅で暮らすことができました。長い間入院したまま逝ってしまうより、きっととても幸せな最期だったと思います。

 もちろんAさん・Bさんのように、自宅で生活できる条件が揃っている人ばかりではありません。もしかすると、不可能な人のほうが多いのかもしれないのです。それでも、どんなに安全が確保されたとしても、人は病院や施設ではなく「自宅でできる限り暮らしたい」と望んでいるはずです。

 長きにわたり訪問介護の仕事をしている中、「危なっかしいことはたくさんありながらも、少しの手助けと知恵の出し合いがあれば、結構家で暮らせるものなのだな」と感じることが多々あります。この経験を活かして、これからもまず「家でやってみましょう!」と言ってあげられたらと思います。

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キーワード: 介護スキル , 介護家族 , 要介護

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