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地域支援事業について

ボランティアが支えることへの疑問

 相談を持ち込まれた分だけでなく家庭訪問による危険の発見までとなると、地域性によるものの配置基準のみによる人数では対応しきれないだろうと感じます。

 そこで次に考えられたことは、ボランティアによる地域の見守り・支え合いのシステム。市町村の地域包括支援センターの職員や、既存の介護保険制度によるケアマネジャーおよびヘルパーだけでは対応しきれない部分を、ボランティアの方々に担ってもらおうというわけです。そして昨今、そのボランティアの育成が始まっています。

 しかし私は、この点について疑問を持たずにはいられません。そもそも介護保険制度設立の理念は、噛み砕くとこんなシステムではなかったでしょうか。

 「年をとっても安心して暮らしていけるような社会を作りましょう。核家族化した社会で子どもだけに頼るのではなく、社会や行政が責任を持ってサポートしますので、そのために保険料を支払ってください。そうすれば、当然の権利として安心した老後を保証します」

 以前は家督制度があり、家の長男が親の面倒を見るようにという社会のシステムでした。しかし子はみんな平等であり、長男だけがその責任を負う必要はないということになったのです。その後、「親は親、子は子であり、それぞれの生活を脅かしてまで面倒を見るのは無理がある。だから、社会が責任を負いましょう」というように形を変えてきました。つまり「自助」から「共助」「公助」と、その保障してくれるものが変化してきたのです。

 少し前まで冠婚葬祭は地域で取り仕切り、お葬式などは組合ごとにお手伝いして行われていたものです。しかし、最近ではそういうことはほとんどなくなり、葬祭センター等の職員が全てとり行ってくれるようになりました。その方が、当事者も周りの人たちも気苦労なくスムーズに行えると感じるため、良し悪しの意見はありながらも主流化してきているのです。

 そうした世の中の流れに対し、高齢者に関する事柄を「地域見守り」に逆戻りさせるのか……。果たしてそれが、目論み通りの良い結果に繋げられるのかは、やはり疑問を感じざるを得ません。

 先日研修を受けた際、講師がこのことに触れていました。その方によれば、モデルは欧米の「教会礼拝」なのだそうです。同じ宗教を信仰し、週に1回教会に集って他人同士が頻繁に触れ合い、自分の子も他家の子も身近で成長を見守りながら生活してきた人たちと同じようなシステムで社会を支えようとしても、無理があるのではないか……と。

 何もかもを「社会で」「行政で」とは思いません。困っている人がそばにいるなら、どうにか力になってあげられないかとも考えます。しかしそれは、やはり自分の生活を守ってからでしょう。「それでは、あなたにお願いしますね」と言われてしまったのでは、正直なとこと私なら尻込みしてしまいます。仕事だから、責任のある立場だからできるのであって、「ボランティアで」というのでは違うような気がするのです。

 介護保険制度、そして地域支援事業は、まだまだ工夫と改良の道が険しいように感じます。ですから今こういったシステムの中で活動している人たちが、現場でどんなことが置きているのか、良いことと困り事の両方を発信していかなければならないのだと思います。

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キーワード: 地域包括支援センター , 介護予防 , 地域包括ケアシステム

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