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障害を受け入れるのは本人も家族も大変

人は誰でも年を重ねると、少しずつ色々なことに不具合が生じてきます。20代と50代とでは、どんなに悔しいと思ってもパフォーマンスは落ちてしまうものです。しかし、ここでガムシャラになってしまうと怪我の原因になりかねません。何か障害が現れれば、受け入れることはなかなか難しいことです。周囲の家族にとっても、大変なことです。

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転倒がキッカケで自立歩行が困難に

 老眼のためメガネをかけなければ新聞が読めないのに、そのメガネをどこに置いたのかをつい忘れてしまう。そしてメガネを探すのに時間がかかり、さらに新聞を広げてから読み始めるまでに30分も要してしまった。そんな笑い話のようなことを、以前聞いたことがあります。

 子どもが巣立って、夫婦2人の穏やかな生活を送っていたAさん夫妻。仕事をリタイアし、それぞれの趣味を楽しみながら暮らしていました。しかしある日、Aさんが転倒してしまい骨折。入院、リハビリを経た退院後は、数週間のショートステイで生活リハビリを行い、歩行器を使用すれば歩行可能となって在宅に復帰しました。

 歩行器使用での歩行は可能ですが、自宅に歩行器を自在に使いこなすスペースはありません。また、立ち上がりに不安定さがあるため時間がかかり、パンツ型オムツを使用しています。Aさんは立位・歩行での不安定に加え、「ラクナ脳梗塞」の症状によって若干の認知症状がありました。そのため、現在の自分の状態・状況を客観的に判断することができません。こうしたことから、「すっ」と立って「すっ」と歩けると勘違いしてしまうことがあります。

 会話はほぼ正常にすることができ、食事も自立です。ヘルパーへの依頼は朝夕のオムツ交換。ただベッド上でオムツを交換するだけでなく、居室からトイレまで歩行器を使用して誘導し、歩行の練習も兼ねて行います。家の中では歩行器を自在に動かすことができないものの、立ち上がりのキッカケや、ヘルパー訪問時以外の行動の一助になればという目的で行っていました。

 主介護者である奥さんは、入院前から歩行が不安定になっていたAさんの介助で腰を痛めてしまっており、少しでも介護の負担を減らすことは大きな課題です。ヘルパーは朝夕に訪問し、ひとつひとつの行動に声かけを行って、少しでも本人が体を動かせるよう工夫しながら介助を行います。立ち上がる際には歩行器のどこに捕まり、体をどれくらい傾け、その後は手をどの位置にずらしていくのか考える。こういった具合に、その都度すべてに声かけ援助を行います。

 少し経つと、Aさんはあまりオムツに排泄せず、ヘルパーの訪問を待ってトイレで排泄するようになりました。それでも、1日2回の排泄というわけにはいきません。便が出たいという時にはすっと立ち上がって歩き出してしまい、尻餅をついて動けなくなってしまったということも何度かありました。そんな時には奥さんが必死になって介助し、「大変だったのよー」などと言うことが何度かあったのです。

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家族に訪れた気持ちの変化

 Aさんは、以前のように自由に体が動くと勘違いしてしまうことがあります。以前はコタツがお気に入りで、テレビのよく見える位置にAさんの席がありました。しかし現在、そこにペタンと座ってしまうと、もう自力では立ち上がれません。それなのに、その事をまた忘れてしまいます。

 ベッドから降りてその場所に座ろうとすると奥さんが「立てなくなるから、そこに座っては駄目!」言いますが、言うことを聞きません。しかし立てなくなったり、動けなくなったりしてしまい、娘さんを呼んだこともあったようです。

 在宅で暮らす方はAさんに限らず、どうも夫婦間では言うことを聞いてくれない人が多いように感じます。しかし他人であるヘルパーの言うことは、意外と素直に聞いてくださいます。ここには、他人への気づかいがあるのでしょう。

 Aさん宅へ訪問を始めてから1ヶ月半を過ぎた頃、奥さんから、こんな電話がかかってきました。

 「一人前に食べて一人前に喋るのに、一人でトイレにも行けないなんていうのはおかしい。ヘルパーさんが優しいから甘えているのだと思う。このままでは、できることもできなくなってしまうし、少しも頑張ろうという気持ちにならない。本人にやらせてみるので、もうヘルパーの訪問はいらない」

 奥さんはヘルパーとAさんの行動に、ヤキモチを感じていたのかもしれません。もちろんヘルパーはAさん本人だけでなく、奥さんに対する感謝の気持ちや態度も心がけていました。しかし在宅に復帰後、少し時間が経った頃というのは、必死だった奥さんの気持ちに変化が表れる時期でもあるのでしょう。

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家族の複雑な心情を察する

 私たち介護職から見れば、たとえ障害があっても、会話できて自ら食事できる状態はとても素晴らしいことです。しかしその事と、歩けなかったりトイレが間に合わなかったりすることは、甘えでも何でもありません。障害の箇所が違うだけの事なのです。しかし家族には、それを受け入れるのは難しい事なのかもしれません。友人が訪問してお茶のみ話をしていると、以前と何ら変わらない様子なのに「トイレに連れて行ってください」と頼まれる。これに対して、「自分でやる気にならないでどうするの」といった気持ちのようです。

 しかし、今ここでAさんの奥さんにこの事を説明し、無理矢理に受け入れてくださいと言うのも得策とは思えません。もしかすると、頭では分かっていても、心が受け入れられないのかもしれません。ですから、少し時間はかかるでしょうが、その間に今度は奥さんが体を壊さないように……と願うばかりです。

 障害を受け入れるのは、本人も家族も大変な事なのだと思います。ましてや歳の近い夫婦であるならば、それは尚更ではないでしょうか。そんな方々に、プロとして寄り添っていけたらと思います。

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キーワード: コミュニケーション , 介護家族 , 自立支援

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