介護職のひとや目指すひとを応援する情報サイト

  • 文字サイズ
  • 小
  • 中
  • 大

日付:2013/12/10  カテゴリ[ニュース解説]  閲覧数[1236]

映画「ペコロスの母に…」が描く風景

認知症の母と息子の日々を描いた実話漫画(原作・岡野雄一さん)が、SNSを通じた口コミで話題になり、18万部の大ベストセラーになりました。その原作を映画化した「ペコロスの母に会いにいく」が公開されています。

少しずつ認知症が進行していく母親に戸惑うバツイチの一人息子、そして孫。汚れた下着をタンスの引き出しにためこむといった収集の様子、ひんぱんにかかってくる振り込め詐欺の電話、10年前に他界した夫を「今日は帰りが遅いね」と待つシーン……など、認知症の人がいる世帯で起こりうるリアルな現実がいくつも描かれています。

しかし、どれも悲劇的に描かれてはいません。一般に「問題」と思われがちな状況も、やさしさに富んだユーモアに包まれています。監督である森崎東さんは、主人公の「母」が生まれ育った長崎の出身で、しかも本人と同年代です。それゆえに、「認知症の人をいかに支えるか」という視点以上に、認知症である当事者の目線をとても大切に描いています。

その魅力をしっかりと受け止めつつ、介護現場にたずさわる人々として、より深くくみとっていきたい点をあげてみましょう。

例えば、こんなシーンがあります。息子は母親をグループホームに入居させるのですが、時々会いにいくと母は息子のことがわからず、「怖い人がきた」とおびえます。そこで、息子が帽子をとって「見慣れた禿頭」を見せると、「なんだ雄一(息子の名)か」と一転して笑顔になります。息子としては、これが母とコミュニケーションをとる大きな手段の一つなのです。

ところが、ある日いつものように母を訪ねて居室で帽子をとっても、母は依然としておびえたままで職員に大声で助けを呼びました。息子としては、「母とのコミュニケーションの糸口が失われた」と落ち込んでしまいます。その後、ようやく落ち着いて眠った母の横で、息子は、泣きながら母の寝顔の似顔絵を描きます。すると、母はふと目を覚まし、息子を見て「雄一、何で泣いているの?」とやさしく微笑みかけます。思わず息子は号泣し、子供のように母の胸に顔をうずめます。

このシーンを見て気づくのは、家族は表には出さなくても、本人と自分をつなぐ「わずかな糸」をいつも必死で紡いでいるということです。一方で、認知症の人は、時間帯やその場の状況によって、記憶や見当識が衰えたり、瞬間的に戻ったりという不安定な状態を繰り返すことがあります。介護のプロとしては、「そういうものだ」と思っていても、家族はそうした本人の微妙な変化に対し、周囲が思う以上に心動かされるわけです。

表向きの表情や言動ではうかがい知れない、家族の複雑な気持ち。それが水面下では常に揺れ動いていることを、介護のプロであるなら常に察しなければならない──そんなことを痛感させるシーンがいくつも登場します。

ただ、一つだけこの映画で残念なのは、母親はケアマネの勧めでグループホームに入居するわけですが、在宅サービスが登場しません。実話なので仕方ないのですが、例えば、日中一人となる認知症の人のもとをホームヘルパーが訪ねる、でも、「知らない人だ」となかなか入れてくれない──介護現場ではよくあるそんなシーンを、この映画だったらどんな具合に描くだろうかということが頭をよぎりました。

とはいえ、当事者である母親の「ずっと探し続けていたもの」が、本人の若かった時代の物語も含めて最後まできちんと描かれます。その人の記憶の奥底にある「宝物」を探し出すこと、そこに認知症ケアが目指す風景があると気づかせてくれる作品です。

(福祉ジャーナリスト 田中 元)


この記事に関するコメントを見る、書く