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日付:2013/12/27  カテゴリ[ニュース解説]  閲覧数[3753]

認知症列車事故について思うこと

12月20日に開催された介護保険部会では、公益社団法人「認知症の人と家族の会」より一つの意見書が示されました。それは12月11日付で発表された「認知症列車事故 名古屋地裁判決に対する見解」です。

この認知症列車事故に対する名古屋地裁の判決については、様々なメディアで取り上げられたこともあり、すでにご存知の方も多いと思います。まずは事実関係について、上記の見解を含めて整理してみましょう。

事故は、今から6年前の平成19年12月に発生しました。当時、要介護4の認知症男性(91歳)が徘徊してJR駅構内に侵入し、列車にはねられて死亡したのです。本人は妻と二人暮らしで、離れて暮らす長男が自分の妻を両親宅の近くに住まわせて介護にあたらせていたといいます。しかしながら、この日家にいたのは本人の妻のみ。本人がデイサービスから帰宅した直後、妻がほんの数分居眠りをした間に外に出ていったということです。

この事故に対し、JR側は「家族が本人の監督義務を怠った」として、遺族に720万円の損害賠償を求める裁判を起こしました。そして、平成25年8月、名古屋地裁は本人の長男と妻に対する損害賠償を認める判決を出したのです。判決理由においては、「長男自身が近くに住まなかったこと」と「民間の介護施設や当日のヘルパーを依頼しなかったこと」が、「徘徊を防止する措置を講じなかったこと」にあたると述べられています。

この判決に対し、認知症の人と家族の会は「驚きとともに怒りを覚えた」としたうえで、「介護保険制度を使っても認知症の人を24時間、一瞬の隙もなく見守っていることは不可能で、それでも徘徊を防げと言われれば、柱にくくりつけるか、カギのかかる部屋に閉じ込めるしかありません。判決はそのような認知症の人の実態をまったく理解していません」と主張しています。多くの介護現場で働く人も同じ感想をもつのではないでしょうか。

私自身、過去に介護をめぐる様々な裁判を傍聴した経験があります。そこでいつも感じることは、判決を言い渡す裁判官のほとんどは、「介護」の実態についての正確な知識に乏しいという点です。例えば、介護職員が一人で夜勤をしていたときに利用者が死亡し、裁判所は「利用者が死亡したのは、職員による殺人である」と判断した事件があります。

被告側は「疲れから居眠りをしてしまい、その間に利用者が死亡した」ことを主張しましたが、一審ではまったく考慮されませんでした。その後の控訴審で、弁護側が「介護労働の現場がいかに過酷であるか」という実態を記した各種書籍やデータを提出し、裁判所側も証拠として認める姿勢を見せました。

結局、「殺人」という一審の判断はくつがえらなかったのですが、判決文の中に「介護労働の厳しい状況」を指摘する文言が盛り込まれました。つまり、現場からすれば当たり前とされる「介護の過酷な実態」について、裁判官の知識はゼロベースであり、地道に啓発を行なっていかないと、現場実態にそぐわない判例が生まれがちだということです。

今回の事故については遺族が控訴しており、間もなく控訴審判決が出される予定です。家族の介護負担が年々高まる中、同様の事故は今後も頻発する恐れがあります。裁判では、ひとたび判決が確定すると、その後の同様の事件の判決にも影響をおよぼしかねません。法曹関係者に求めたいのは、同様の事案に関して現場の実態にきちんと目を注ぐこと点です。制度が目まぐるしく変わる今だからこそ、法曹関係者の「常識」が問われています。

(福祉ジャーナリスト 田中 元)


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